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♪:母がピエロになっていく

☆ 母がピエロになっていく   2003.10 


母が少しずつピエロになっていく 母が少しずつピエロになっていく・Ah・・
母がうたた寝をする 秋の陽射し背中に受けて 重い人生背負い 歩き続けた母が 日向で舟を漕ぐ
夢を見ているのかしら 優しく笑う時がある 辛い記憶は薄れ 楽しい記憶を支えに 今を生きている 
遠い記憶を探し 私を見つめる母 気づけば母の中では いつの間にか私は 兄になっている
この人は誰 だったらこの人は誰? アルバム広げる母の 指からこぼれる写真 それは家族の写真
今、私は何処にいる どこで育ったの? 私の母は誰? そして父は誰? 私は・・誰?
私はいつからここにいる? どうしてここにいるの? 私は深江に帰るよ そこが私の死に場所 母が叫ぶ
巡る・・巡る・・季節は巡る 巡る・・巡る・・思いは巡る
いつしか・・巡る季節を忘れ いつしか・・自分の家族を忘れ
母が少しずつピエロになっていく 母が少しずつピエロになっていく・Ah・・

あんたの嫁は誰だい あんたは私の子かい? だったらずっとここに一緒にいてもいいよね? それが口癖
たまには手伝いましょうか 母が流しの前に立つ 包丁渡してみれば 林檎の皮さえ剥けない母がそこに居る
夜の冷たさに 腰が・・膝が痛いと言う さすってあげれば 私に両手を合わせて 母が目を伏せる
昨日の事のように 昔を語る母 いつも遊んだ裏庭 親にねだった飴玉 母は娘になっている 
母はまだ若い頃 働いた時期がある 博多駅のすぐ裏 高口ハガネ店 タイプを打っていた
優しいご主人と 勝ち気な奥さんで だけどとても大事に 扱ってくれたらしい 母は覚えている
巡る・・巡る・・季節は巡る 巡る・・巡る・・思いは巡る
いつしか・・巡る季節を忘れ いつしか・・自分の家族を忘れ
母が少しずつピエロになっていく 母が少しずつピエロになっていく・Ah・・

母が少しずつピエロになっていく 母が少しずつピエロになっていく・Ah・・
母が少しずつピエロになっていく 老いを重ねる母の移ろう時は早い すべてはモヤの中
母が少しずつピエロになっていく 夢と現実の狭間 老いに戸惑いながら母は生きている・・母は生きている・・・

☆ 制作背景

母から母が消えていく・・って悲しい事です。男って奴は幾つになっても子供でいたい自分がいます。夢や出世欲などの根底にはそうした意識があってこそ芽生えるのかも知れません。親父やお袋から「お前は偉い、大したもんだ!」と言われる事を夢見てこそ努力できるのかも知れません。しかし、どうであれ、そうした息子の思いに背くように母は老いを深めては現在の自分、そして目の前の私に気づかぬ時が多くなりました。一晩中、一睡もせずに痛む母の足を擦ってあげた事も母は気づきません。「どう、今朝の足の痛みは?」と訊ねる私に、「・・足?。私の足がどうかしてたのかい?」。同居を始めた頃の私の悩みは自分との闘いでした。現実を正視できない自分、老いて弱りゆくばかりの母の現実を正面から受止める事との闘いでした。「お袋!、どうしたんだ、あんたはどうなっているんだ・・」。母は答えません。どうかした日には私の事を「おじちゃん・・」とさえ呼ぶ事もありました。母は私の姿を見ながら遠い日の実の兄を思っていたりするのです。勇兄さんは母とは一回りも年上の兄。実際にアルバムを見ると私と勇伯父は似ているのです。

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濱野 裕生

Author:濱野 裕生

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